日本の神様に届く本当の作法とは?「二礼二拍手一礼」の謎

参拝方法

お正月も過ぎ、キリッとした冷たい空気の中に春の気配を微かに感じる今日この頃。

皆さんは、もう初詣には行かれましたか?

新しい年が始まると、不思議と背筋が伸びるような思いがしますね。

初詣、神社へ足を運ぶ機会が多いこの時期、私のある「発見」について、お話ししたいと思います。

お賽銭箱の横に掲げられた「二礼二拍手一礼」。

二礼二拍手一礼表

「これが日本の伝統だ」と疑わずにきた私たちですが、実はその裏側に…

私たちが忘れかけている深く豊かな歴史の物語が隠されていました。

目次

「二礼二拍手一礼」の謎:それはいつ、どこから来たのか?

皆さんは参拝する際、迷わず「二礼二拍手一礼」をされていると思います。

しかし最近、ネット上では「これは本当の日本式ではないのではないか?」…

「近隣諸国の礼法(韓国方式)が混ざっているのではないか?」といった議論を目にすることが増えました。

実際のところ、どうなのでしょうか?

歴史を紐解いてみると、驚くべき事実が見えてきます。

実は、全国の神社で「二礼二拍手一礼」が統一ルールのように扱われるようになったのは、明治時代以降のことなのです。

さらに、現代のように完全に定着したのは、戦後に神社本庁が制定した「神社祭式行事作法」によるものが大きいと言われています。

つまり、それ以前の日本には、画一的なルールなど存在しなかったのです。

「韓国方式ではないか?」という噂については、お辞儀の際に手を前で重ねる「コンス」という作法が…

日本の伝統的な(脇に添える、あるいは自然に重ねる)作法と混同されて普及してしまったこと…
そこから生まれたものだと思われます。

私たちが目を向けるべきは「本来の日本には、もっと豊かで多様な祈りの形があった」という点です。

多様性の喪失:三拝、八拍手、そして静寂の祈り

かつての日本人は、訪れる神社の神様に合わせ、その土地の歴史に合わせた「祈りの作法」を持っていました。

出雲大社

今でも「二礼四拍手一礼」という古式を守っています。

なぜ四回なのか?

そこには神様へのより深い敬意や、四方を守るという意味が込められています。

伊勢神宮

神職が行うのは「八度拝八開手(はちどはい・やひらで)」

八回という数字は「無限」「最大限の尊崇」を表します。

宇佐神宮・弥彦神社

こちらも「四拍手」が伝統です。

古くからの慣習

場所によっては「三拝三拍手」を行う地域もあれば、拍手(かしわで)を打たずに、ただ静かに深々と頭を下げ続ける場所もありました。

今、私たちは「お賽銭箱の横の看板」だけを見て、それが唯一の正解だと思い込んでいます。

土地ごとに違うお雑煮があるように、神社ごとに違う祈り方がある。

その多様性こそが、八百万(やおよろず)の神を信じてきた日本人の心の広さ、豊かさだったのです。

これからの「参拝」

今の「二礼二拍手一礼」。

それは現代における一つの「共通言語」として、神様と向き合うきっかけをくれています。

しかし、もし皆さんがこの記事を読んでくださったなら、次回の参拝では少しだけ「形」の先にあるものに触れてみませんか?

  1. 看板を鵜呑みにせず、その神社の由来を読んでみる。

    もしかしたら、そこには「独自の作法」が小さく記されているかもしれません。


  2. 自分の手から出る「音」に集中してみる。

    柏手(かしわで)は、神様を呼ぶためだけではなく、自分の中の邪気を払い、魂を振るわせるためのものです。


  3. 「形」が心を作ることを意識する。

    背筋を伸ばし、指先を揃える。その「美しさ」を意識するだけで、神様との距離はぐっと縮まります。

初詣や参拝の機会が多いこの時期

次に鳥居をくぐる時は、掲示板の指示はもちろんですが、少しだけ「その土地の歴史」に耳を澄ませてみてください。

「二礼二拍手一礼」という枠組みを超えた先に、本当の日本の姿が見えてくるはずです。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次